ただただ無意味に虚ろに積み上げていったものを。
瓦礫の城に君臨するは、
物心ついた時には、哀しく愚かな冥府の王の記憶があった。
だからと言って、それら全てを消化できる程、人間の記憶の容量は無限ではなく、初めてそれの一部を垣間見た時、激しい頭痛を覚えた。
気が遠くなる程の、永遠。
生と死の概念から脱却した最初の死人である存在は、幾多の魂を裁いてきた。
天国、天国、天国、地獄、天国、地獄、地獄……。
生前の行いによって、罪無き者は天国へ。
罪を犯した者は、地獄へ。
そうして数え切れない程の裁きを下し、嘆きを、怒号を、罵声を浴びてきた。
鼓動を刻まなくなった心臓に、ぬくもりを宿さない肌。
人間である事を許されない王は、それ故に感情も幾分か欠落していたけれど……、それでも、『無』にはなりえなかったのだ。
ある日、彼は気付いた。
時を重ねる毎に、自分が軽くなっている事に。
それは本当に微量たるものであったが、昨日まで己の内側にあった筈の小さな小さな重みが、目覚めた時には綺麗に消えているのだ。
自覚した頃から今日に至るまで、失ったものはどれほどの量だったのか。目に見えぬものだから、認識する事は叶わないけれど。
聡い彼は、知った。
それは己が「忘れて」いくものなのだと。
裁いてきた魂の記憶、痛み、悲しみ、到底人間の器では抱え切れない膨大なデータ。
メモリ増設も叶わぬ人間の身体、本能が自動的にアンインストール作業に取り掛かっているのだと。
本来ならば、願ってもいない事態である筈なのに、彼はそれが悲しかった。
「忘れる」記憶を自分自身が選べない事、忘れたくないものまで、何時か失ってしまう。
(だって、私は、罪を犯したというのに。)
どうしてそれを忘れられようか。
「全部が全部、ハッピーエンドなんて……夢物語だよ?」
夢を見るだけならば、ただ沈黙を守ればいい。
そんな中途半端なものを引き摺って、人を愛する事など愚行でしかないのだから。
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