あの日、あなたは僕を葬りました。
あなたに恋焦がれ、あなたと共にずっとありたいと、まるで子供のような初恋に踊らされていた僕は、残酷な死刑宣告によって、あっけなく死歿しました。
それは本当に、他愛のない会話だった。
師である芭蕉が、弟子の曽良に好みの女性のタイプを訊いて、素直に答えた曽良の言葉に、芭蕉が震えて。
ただ、それだけだというのに……。
その流れで、今度は曽良が芭蕉に質問を返した。
「じゃあ、芭蕉さんはどんな女性が好みなんですか?」
どんな答えが返されようとも、何時ものように軽く罵倒する筈で。それに憤慨した芭蕉を、やはり何時もと同じ方法で黙らせる。
きっとこの情けない師匠の事だから、己と不釣合いな程の言葉を並べるのだろう、と。
特に意味のない、問い掛け。
けれど、一瞬目を丸くした彼は、すぐに何かから逃避するように瞳を伏せて。
「私はもうだめだよ。絶対に、そんな人を作らないって決めたから。」
常にはない、強い意思を秘めた声。
そして、笑う。
目の前にいる筈の弟子も、何時も大切に抱えているぬいぐるみも見ずに……、どこか、遠くを。
そんな表情は、知らない。
ちっぽけで壊れそうなその身体を除く、無限にも等しい世界への拒絶。
「どうして…ですか?」
声は震えていないだろうか。
まだ、彼の知る曽良という人間を保てているだろうか。
「あの人は望まなかったけど、でも私は。」
警鐘が鳴り響く脳内。
息苦しい、熱い、寒い、痛い、辛い。
笑う、彼は、そうやって、何も知らずに。
聞くな、見るな、知るな、理解しては、ならない。
死んでしまいそう。
「あの人だけを、ずっと。」
……あなたに、
殺され、て。
つまんない話しちゃったね、と今度は曽良の視線から逃げるように笑った。
老いらくの恋話なんて、と日頃は自身の老いなど口にはしないくせに。
この胸に巣食う、恋と呼ぶには浅ましく、愛と呼ぶには醜い感情で育った一人の男は、あまりにもあっけなく、その命を奪われた。
口にする事などないと思っていた。
言ったところで叶わないのだ、ならばせめて傍にある事だけを……、この人の一番近い場所に在ろうと、それだけを望んでいた。
それなのに、この人に最も近い場所に悠然と在るのは。
自分では決して辿り着けない場所で、彼の内側で、恐らく彼の命がある限り存在するのは。
あの日、あなたは僕を葬りました。
あなたに恋焦がれ、あなたと共にずっとありたいと、まるで子供のような初恋に踊らされていた僕は、残酷な死刑宣告によって、あっけなく死歿しました。
そうして代わりに生を受けたのは、ささやかな願いすら殺してくれたあなたへの、限りない程の愛と憎しみを糧とする、僕という化け物でした。
...正と負、相反する二つの感情でもって芭蕉を欲する曽良と、自分の中に生きるあの人への想いが薄れぬよう、誰も愛さないと決意した芭蕉。
崩壊のはじまり。PR