「……全く。起きて待つ事も出来ないんですか、あんたは。」
待ちくたびれたらしい(と言っても、ちょっと甘味処で寄り道しただけなのだから、そんなに時間は経ってない筈で)芭蕉さんは、木の根元に腰を下ろして暢気に寝ていた。
ああ、寝てる時も間抜け面ですね。
大切な友達だと抜かしている薄汚いぬいぐるみを抱いて、時折もごもごと口を動かしている。
どうせ意地汚く、何か食べている夢でも見ているのだろう。
兎に角、さっさと起こして此処を出発しないと、日暮れまでに次の町に辿り着けない。
風が吹いて、少し伸びた僕の前髪が視界で揺れる。
芭蕉さんの細い薄茶色の髪も揺れて、風に運ばれてきた白い花弁が添えられた。
膝を付いた僕は、半ば無意識にその花弁へと腕を伸ばしていた。
ひらひら、と。
もう二度と元の場所に戻る事はないであろう真っ白なそれは、やがて川の流れのままにその身が朽ちるまで旅をするのか。
僕達は、きっとそれが見る全ての場所を知らない。
そして、何時かは終わるのだと知っているから。
知る事と、受け入れる事は違う。
芭蕉さんは、その二つとも与えられていない。
たとえ知ったところで、受容など有り得ない。その事実を僕だけが熟知して、だからこそ一つの秘め事に留めている。
穏やかな寝息が少しだけ憎らしい。
そして当たり前のようにその腕の中に収まっているぬいぐるみも……、憎らしくて仕方がない。
知っているのは、僕だけだ。
指先に触れる髪の感触は、きっともう覚えてしまった。
こうしてこの人が寝ている時しか触れられない、想いを口に出来ない。
「……見込みがないのなら、もう少しこの関係でいるくらい許されるでしょう?」
僕と、今はこの花弁しか知らない。
あんたは知らないでしょうけど、僕はあんたが思っているよりも、ずっと……。
ずっと、こうして二人で旅をしていたい、と。
再び頬を掠める風に攫われた花弁を見送り、秘め事を終えた僕はゆっくりと右手を構えた。
...本当はこれ、ヤンデレに走る予定なんですよ。
今こっそり考えている替え歌の、前哨みたいな感じで。
蕎麦は、両想いであったとしても、どこかベクトルが違っていると思います。PR