ごめんな、と小さく小さく彼は言った。
彼の世界を暗闇に染めて。
彼を求める全ての人間から、そのひだまりから、彼という存在を奪った。
一度だけ、彼が「どうして」と問うたので、「あなたを失いたくないんです」と睦言のように囁いた。
人間を守る為に戦い、時には命さえも削って。
妖からすれば、人間の生命(いのち)などあまりにも脆く、そして儚い。
そんないきものに心奪われた己を、ひたすらに哀れと嗤う。望んだのは、強さの糧となる愛だったというのに。
夕焼け色の瞳が映し出すその姿は、彼が知る中で最も弱く、浅ましい狐だろう。
「大丈夫です。もう何も、あなたを傷付けない。」
(私は、傷付かない。あなたを失う恐怖を忘れられる。)
「私が、傍にいます。」
(あなたさえいればそれでいい私の、たった一つの我が儘なんです。)
陽の下で愛すべきもの、守るべきものに囲まれて、眩しい笑顔を見せる彼を……、見詰めていた筈の美しい世界を、黒く黒く塗り潰して。
生温い拘束は唯一。
此処に居て、私を、私だけを愛して。
理不尽な妖狐を、それでも突き放せない彼の優しさ。
……あなたが逃げたら、きっと私は、『 』を壊してしまうから。
呪いのように、愛の告白のように、数多の夜に紡いだ。
「愛しています、先生。」
腕の中で理性を失った愛しい人に、今日もまた、哀しい鎖の金属音を響かせる。
ごめんな、と小さく小さく彼は呟いた。
とっくにお前の愛してくれた哀れな男は死んだのだと、お前が抱いているのは存在理由を失った亡霊なのだと……告げる事も叶わずに。
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