紡がれる言葉の哀しさと、付随する寂しさと、
それでも止まない歌声の愛しさと。
彼が無意識に口ずさむ歌の殆どが、愛しい人を喪ったものや、絶望を綴ったものや、孤独に耐える者の気持ちや……、そういった「悲しい」曲が多い。
どうしてそんな歌ばかり歌うのか、何か辛い事でもあるのかと当初は何度も問い質したが、彼は緩く微笑んで首を横に振るだけ。
常に彼の傍に存在する吟遊詩人の少女―自分にとっては、まさしく恐怖の象徴―も稀に歌っているが、あれは正直自分達には解らない世界の歌だ。
そして彼の魔力によって生きている歌謡いの人形、彼女は専ら子守唄を歌っている。
……何故、彼だけが、そんな寂しい歌を歌い続けるのだろう。
膝の上に大人しく収まった猫を優しく撫でながら、烏羽色の髪と黒曜石の双眸を持つ青年は歌う。
孤独を恐れる子供の気持ちを綴った歌。それは、彼に背中を預けている竜人にとっても聞き慣れたものだ。
人前で歌うのは少々恥ずかしいんですよ、と苦笑する若き王のその歌声を知るのは、自分と、猫と、彼が常に抱いているぱんだのぬいぐるみくらいで。
そんな事に優越感を抱いている自分は、本当に救いようがない。
数少ない観客に、自分が許されている現状。
本当に欲しいものはまだ手に入っていないけれど、こうして彼の近い場所に在って、その歌声を聴く事が出来る事実。
それは、確かな幸福だった。
……贅沢を言えば、膝上の猫とバトンタッチをさせていただきたいものだが、そんな事を口にしようものなら、あの冷たい眼差しで沈められる事は間違いないだろう。
(そういうとこ、ツンデレ……だっけか、も可愛いけどな)
自分に都合のよい解釈をしつつ、飴色の瞳を瞬かせた。
さびしくない、と言う。
かなしくない、と言う。
それでも紡ぐ歌声は、何時だって寂しくて、哀しい。
「そんな気持ちを忘れてはいけないんですよ」
ふいに思い出したかのように問えば、ようやっと答えらしい答えが返ってくる。
「寂しさも悲しさも、ちゃんと全部覚えておかないと。今ここにあるものが幸せなんだって、わからなくなるかもしれない」
目覚めた猫の喉元を撫でながら、静かに語る。
誰かと居ても、必要とされていても、人間も魔族も、ほんの一瞬、孤独になるのかもしれない。
目には見えないその気持ちを忘れぬように、目には見えないけれど確かに音として存在する歌によって残すのだ、と。
人間のように複雑なもので構築されていない自分達。
しかし彼は、そんないきものを愛した。共に在りたいと願った。
……魔族の長として、その決断が正しかったのかどうかは解らないが。
宵闇を梳いて、
「……わからなくなるのが怖いっつーなら、幸せな歌も歌わねーと、な?」
バランスが取れない、と冗談混じりに続ければ、
「その為に、あなたの前では歌えるんですよ」
珍しく、小さな音を立てて笑った。
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